(1)人事評価制度が必要となるタイミング
起業をした経営者がまず心配することは「しっかり利益を出すことができるだろうか」だと思います。
多くの場合、社員は少人数で社長が自ら先頭に立ってビジネスを展開します。
この段階では、体系立てた人事評価制度は必要ありません。必要ないというよりも、全員であらゆることにチャレンジしないといけない、そして、予測が難しいことが多々起こるので、例えば6か月に一度のルーチン化した目標設定や評価は現実的ではないということです。
しかし、組織が大きくなると様々な「標準化したルール」が必要になります。
① スタープレーヤーに自由にやってもらう
組織が小さいうちは、一人で複数の業務を受け持つ必要もあるでしょう。困ったときに教えてくれる人がいない場合は自分で解決策を考えないといけません。時間外勤務や休日出勤が多いかもしれません。起業した最初の時期は、時間的にも体力的にも大変な思いをするはずです。
このような状況のときは、本人の裁量で自由に行動できることが重要です。つまり、ルールなどで行動を制限せず、個人の能力を最大限に発揮できる環境を作るのです。
創業初期は、社長が先頭に立って、すべてのことに関与します。
この時に重要なのが、社員一人一人の能力を把握して、最大化するために「指導、フォロー、励まし」を行うことです。そして「指導、フォロー、励まし」のアプローチ方法は社員によって違ってくるのは当然です。成果も社員によって大きく違ってくる可能性があります。90点の社員もいれば、60点の社員も出てくるということです。
最初は利益(売上)を早く確保したいと考えます。そのためには、90点の社員には特に頑張ってもらいたいです。60点の社員を教育するよりも、90点の社員にたくさん稼いでもらう方が早いからです。
90点の社員に気持ちよく仕事をしてもらうためには、やはり給与も重要な要素になります。
人事評価制度が整備されていないので、ルールに従った給与の考え方はまだありませんが、最初はそれでいいのです。
社長が全社員の仕事とその成果を把握しているうちは、社長の評価が正しいと言えます。
つまり、「Aさんはこの位頑張った(成果を出した)ので賞与は50万円。一方、BさんとCさんは30万円。Dさんは20万円」という社長の判断は多くの場合正しいです。昇給額についても同様なことが言えます。
低い評価の社員は辞めてしまうかもしれません。しかし、創業初期は離職率が多少高くなるのは仕方ありません。
パフォーマンスが上がらない社員のための教育やケアはお金も時間もかかります。それだったら、ある程度割り切って、新しい人材を採用するのです。採用が難しい場合は、アウトソーシングや業務委託契約なども検討してください。
ここまでの話をまとめると、創業初期は、スタープレーヤーを大切にすること。そして、スタープレーヤーに自由に行動してもらうためには、細かいルールはかえって邪魔になるということです。
② 最初は個別に雇用契約を結ぶのがよい
起業をしてすぐは何かと仕事のできる人に期待します。
スタープレーヤーには利益を最大限に獲得するために自由に活動をしてもらいます。一方で、自由に活動するよりも具体的な指示をもらったり管理されたりした方が良い社員もいます。
目標や行動計画を設定する際、成熟した組織の場合は、共通の人事評価制度があり、体系的な人事評価シートを利用します。しかし、組織体制が固まっていない初期の段階では、決まったフォーマットの人事評価シートではなく、目標設定について個別に話し合うための「コミットメントシート」を利用するとよいでしょう。コミットメントとは「約束」や「責任」という意味です。
スタープレーヤーとそうでない社員では、期待する(あるいは本人が頑張ってできる)業務や目標が大きくことなります。そのため、細かいルールのもと作成された人事評価シートではなく、分かりやすいコミットメントシートに次年度の「約束」や「責任」を記載するというスタイルが適しています。
つまり、個別の雇用契約書に給与額と具体的な業務内容と目標を記載します。さらに目標の達成レベルによって賞与や来年度の昇給などについても明記するのです。
給与体系・人事評価制度の重要な要素として、「公平性」があります。
つまり、人事評価制度を作成した場合、スター社員もそうでない社員も同じルールを適応させる必要があります。しかし、創業初期は不確定要素が多く、公平性ではなく能力のある人に仕事が偏る傾向になるので個別の雇用契約書やコミットメントシートを給与・人事評価制度の代わりにするのです。
③ 社員が増えると管理や教育が必要となる
少人数であれば、社員一人一人に合った業務目標や成果に応じた給与を決めて雇用契約書とコミットメントシートを作成することは時間的、労力的にも難しくないと思いますが、社員数が増えると社長一人でこれを実施するのは大変です。
私はこれまでの人材育成活動を通して、一人の上司がしっかり部下の面倒を見る(目標設定、進捗確認、評価する)ことができる限界は8人だと考えています。自分の仕事を進めながら部下一人一人の能力を把握して、その仕事ぶりや成果を評価するのは大変な作業なのです。
このように考えると一つの目安としては、マネジメントが必要な社員が7人を超えたら、人事評価制度を整備するのが良いということになります。
もし、組織が大きくなってもスター社員には自由に仕事させたいということでしたら、本人だけ「例外」とする方法もあります。
会社の経営がある程度順調に進むと、新入社員の採用も必要になるはずです。そうすると「教育係」が必要になります。一般的に、教育は上司の仕事となりますが、これまで自分の仕事で精いっぱいだった人が部下指導も行うのは大きな負担と感じるはずです。
部下を教育することによって成長するという側面はありますが、一人でやっていた時よりは何かと大変です。そうなると、やはり給与アップが必要になります。
このようなことを考えると、起業からしばらく経ち、ビジネスの流れがつかめて、社員が増えて新入社員の採用も必要になる時には、しっかりとした給与・人事評価制度が不可欠です。そして、経営を継続するためには、人事評価制度をしっかり管理して評価結果などの記録を残すことも重要な要件になります。
(2)経営理念と会社の未来
「経営理念」は法律で義務づけられている訳ではありませんので無くても問題ありません。しかし、経営理念が浸透すると企業文化の醸成やブランド力の向上につながります。また、今はどの企業のホームページを見ても企業理念やポリシーが掲載されているので、そこが無いとマイナスのイメージを抱かれてしまうかもしれません。
もし、経営理念が存在しない場合は、新しい人事評価制度をつくる時に経営理念も一緒に考えるとよいでしょう。会社の強みや弱みをしっかり把握して、今の組織に合った経営理念を作り、社員がそれを意識することは、人事評価制度を実行するときにもプラスに働きます。
経営理念を作る際は、現状に合ったもの、従業員が共感することを意識します。つまり、綺麗な言葉や他社の経営理念を真似するのではなく、自分たちのリアルな強みや将来こうありたい、ということを分かりやすく表現することが重要です。
私が実際にある会社の経営理念作成のお手伝いをしたときは、全社員から「自分たちの強み」と「3年後の理想的な組織」についてアンケートを行いました。そして、その結果からキーワードとなる言葉を選んで分かりやすく文章化して経営理念としました。このように社員を巻き込むことによって「ウチの会社も少しずつ前に進んでいる」、「自分たちのアイデア(言葉)が経営理念として採用された」という愛車精神や帰属意識アップの効果もありました。
(3)優秀な社員と転職について
中小企業には、さまざまな社員がいます。人気のある大企業であれば、会社が望むような採用活動ができるので社員の能力ややる気も一定レベル以上であると言えるでしょう。しかし、中小企業の採用活動は簡単ではありません。人材不足のため、採用活動に妥協が生じている可能性もあります。結果としてバリバリ働いてくれる優秀な社員もいれば、そうではい社員もいるということです。
オーナー企業の創業者は当然一生懸命仕事をします。自分の人生を賭けていると言っても過言ではないでしょう。しかし、従業員は必ずしもそうではない、ということを理解する必要があります。
優秀な社員はあらゆるところで頼りになります。
期待以上に一生懸命仕事をしてくれる、あるいは、担当以外の仕事もやってくれたり、時には経営相談に乗ってくれる場合もあるかもしれません。そうすると、経営者はそんな社員のことを「同志」と思い込んでも不思議ではありませんが、ここで忘れてはいけないのは、経営者と従業員は「違う」ということです。
優秀で愛社精神の強い社員には、「きっとこの人も自分(社長)と同じように会社のことを考えてくれているのだろう」と思ってしまうかもしれませんが、これは危険な考え方です。
優秀な人の多くは「今の環境でベストのパフォーマンスを発揮しよう」と考えますが、経営者のような自己犠牲の精神は少ないはずです。将来のことを考えて別の道(=転職)を進もうと考えることもあるでしょう。
優秀な社員の転職を「裏切り」と考える経営者もいるようですが、私は、これは裏切りではなく一定の確率で起こる普通の出来事であると説明しています。
ドライな言い方になりますが、人は何かに不満があれば転職を考えます。今よりも条件の良い職場があれば面接に臨みます。そして、そこから採用されれば、普通に転職するのです。優秀な人材に長く仕事をしてもらうために給与体系や人事評価制度においても工夫をしますが、残念ながら万能ではありません。
会社が安定的に成長するためには、優秀な社員に頼る「属人力」ではなく、人材育成(教育)によって全員が80点以上目指す「組織力」が重要なのです。
そのためには、会社の組織体制に合った給与体系・人事評価制度の整備と人材育成が不可欠となります。